【3分日本史】奈良時代の政変

奈良時代の政変を簡単に説明しますね

ポイントは
・勢力を伸ばしてくる藤原氏
・それに対抗する元皇族
の構図です。
藤原氏 | 元皇族等 | 政変名 | 天皇 | 備考 |
藤原不比等 | 元明 | 大宝律令 和同開珎 平城京遷都 養老律令(制定) | ||
長屋王 | 元正 | 百万町歩開墾計画(722) 三世一身法(723)→養老七年の格 | ||
藤原四子 (武智麻呂・房前・宇合・麻呂) | 長屋王の変 | 聖武 | 光明子(四子の妹)人臣初の皇后へ | |
橘諸兄 | 藤原広嗣の乱 | 聖武 | 恭仁京→難波宮→紫香楽宮→平城京 国分寺建立の詔(741) 大仏造立の詔(743)in紫香楽宮 墾田永年私財法(743)→天平十五年の格 | |
藤原仲麻呂 | 橘奈良麻呂の乱 | 孝謙 | 養老律令施行 | |
道鏡 | 恵美押勝の乱 | 孝謙 | ||
藤原百川 (和気清麻呂) | 宇佐八幡宮信託事件→道鏡左遷 | 光仁 | 道鏡、下野薬師寺に左遷 |

上の表を見ると、
藤原氏→元皇族等→藤原氏→元皇族等
と、交互に権力者が移り変わっているのがわかりますね

奈良時代の権力者の移り変わりの語呂あわせです。
船酔い田中 どうも若ぇ

ついでに、誰の時に何が起こったのかも確認しておこう。

藤原不比等のときは中学でも習うものが多いね。
この人が大政治家だったから、藤原氏が発展したんだね。
長屋王の時の百万町歩開墾計画は入試でよく出るやつです。
長屋王とセットで覚えておこう。

藤原四子、誰が何家ってのも頻出問題です。

大仏造立の詔と墾田永年私財法は同じ年なんだね。
大仏造立の詔は紫香楽宮で出されました。
墾田永年私財法は天平十五年の格とも言われるよね

道鏡が流された下野薬師寺も頻出です。
なぜかというと、戒律を授ける戒壇が置かれた、実はレベルの高い寺なんだ。
戒壇は、奈良の東大寺、福岡の観世音寺、栃木の下野薬師寺の3か所に置かれ、「天下三戒壇」と呼ばれたんだよ。

この奈良時代のゴタゴタに終止符を打つべく天皇に押されたのが光仁天皇です。
光仁天皇は天智天皇の孫で、壬申の乱で勝利した後は天武天皇系の天皇が続いていました。
藤原百川らはその流れを断ち切るべく、光仁天皇を即位させました。
光仁天皇の息子で次に即位したのが桓武天皇です。

以下の問題も解いてみてくださいね